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受け入れる街 居場所について。

グランドプラザでザ・ブラス・ナックルズのストリートライブを見たときに、ノリノリの子供がいたということを書いたのだが、その話を聞いたある人が「そういう子ってたぶん学校だと浮いてるんだろうね」と云ったらしい。

そういう見方もあるのだな~と、その社会的な鋭い目線に感心したというか、正直驚いたのだが、たしかにそうかもしれない。アルトにテナーにバリトンにいろんなサックス、スーザフォンにドラムにパーカッションなどなどを見て、自分も演奏してみたい!という思い/喜びを、全身で表現していた女の子の姿。

その姿がとっても魅力的で、これが彼女の人生にとって最初の、意識的な音楽との出会いだったら、どんなに素晴らしいだろうか!などと甘っちょろく考えていた。しかし実際には、こうやって素直に感情を発現/表現させることが、学校・組織のなかではNGになる…ということなのか。残念ながらそうかもしれない。わからないではない。

こういう学校や組織というか、残念な文化を、どうにか変えようと思うことは自然なこと。しかし、目立ったり他とちょっと違ったりすることが、集団の中でNGと受け取られるのはある程度はしょうがない。だからこそ、街はこういう子たちの気持ちを受け入れられる/認められていると感じることができる場所だったいいなと思った。

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不愉快に感じるからといって、「不愉快だ」と言葉を投げつけても異なものを排除しようとする社会は変わりません。また田舎の保守的なスタイルは、農業(特に稲作)の影響が強いのではないかと思っています。

浮いちゃう人いいですよね。大好き!と云ってくれる人が身近にいればいいですね。

なんか、感じる文章でした。

僕はどっちかというと浮いちゃう人間が大好きっす、

富山らしい保守的な一面かもしれませんが、組織やコミュニティが異なものを排除しようとする動きがあることは、一般的なのかなとも思います。自分もはじめ話を聞いたときは不愉快にも感じたのですが、それが社会なのかなと。

田舎でも街はそんな多様性を受け入れる場所でありたいなと改めて思いました。

カウヒーはほんとにスペシャルボーナスあげたいです。

浮いてもいいんだよと言うのが
芸術にちょっとはかかわってるものの役目と思ってます。

カウヒーのネーミングした人にボーナス上げてください。

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